浅賀さんのお話

浅賀さんのお話




 
 
  
 今日は、『いっつあさくらがわーるど』公開にあわせて、さっそく浅賀さんの石にまつわるお話を紹介します!手始めに6週にわたって紹介しますが、今日はその第1話目です!(by石の街の住人)
 
 
 
【浅賀さんのお話 第1話】
2008/3/6

 今日は、私が、先日ブルガリアの知人より聞いた話をしましょう。
 みなさんご存知の、ブルガリア出身の幕内力士、琴欧洲の祖父は、出身地ベリコタルノホ市でも良く知られた“石の匠”石工だったのです。
 本名カロヤンこと琴欧洲の丈夫な体と大きな手は、おじいさん譲りであるということは、周りのみんなが知るところです。
 一方、桜川市は、誰もが認める石の街です。
 私は石にまつわる話題に、いつも耳を澄ませています。そんな時このニュースをブルガリアの知人から聞きました。
 ちなみに、ブルガリア語で石工と石を含め、“カミノデルチ”と言います。この言葉を覚えていただいて、ぜひブルガリア人に声をかけてください。
 きっと、親しくなれることでしょう!

 
 
 
【浅賀さんのお話 第2話】 
2008/3/13

 今日はアインシュタインのお話です。
 世界中の誰もが知っている科学者(物理学)といえば、そうアインシュタイン博士でしょう!博士の功績は、人間の歩みの中でもとりわけ大きな足跡であることは、誰もが知るところです。
 ところで、ドイツ語でアイン(ein)は“一つの”、シュタイン(stein)は“石”なのです。そうですアインシュタインは、日本風に言えば、“一石”さんといったところでしょうか。
 ドイツでも“石”=“シュタイン(stein)”に関係する名字の人がたくさんいます。石に関係する地名もたくさんあり、“石”はとても身近な存在なのです。
 またドイツ人は、石のコレクションをする人も多く、石の素養にたくさんのインスピレーションを得た国民でもあります。
 一方日本でも、人名や地名に石に由来するものが数多くあります。そんな石が身近にある石の街桜川市だからこそ、アインシュタイン博士のような、天才が生まれる可能性が高いと私は感じています。皆さんはどうでしょうか?



 
【浅賀さんのお話 第3話】
2008/3/20

 今日は私の学生時代のお話をします。私が石彫に出会ったのは、恩師であり彫刻家の小金丸幾久先生でした。しかし、実は先生の専門は木彫や塑造だったのです。

あるとき私は先生に伺いました。
 「先生は私に石彫があっているから、やってみろと言いますが、では誰に習うのですか?」
先生は即答しました。
 「石のことは石屋に習うのがいい」
 それで、近くの石屋さんの店先を借りて石を叩いたのが私の第一歩です。

 そこには70代の、この道一筋の石工今井さんという人の石工場でした。
 最初のうち私は重いハンマーで、10回も叩くと肩が痛くなり、手が上がらないという始末でした。
 しかし、その70代の今井さんは、同じ事を笑顔と無言で仕事を続けているのです。
 その頃の1日は、私にはとても長く感じました。手にはマメができ、泣きたくなることも、途中で帰りたくなることもしばしばありました。しかし、隣の今井さんは、ニコニコとやっぱり石を叩いています。余計なことは言わないし、休みません。

 ギリシアの哲学者ソクラテスは、「自分自身が無知であることを知っている人間は、自分自身が無知であることを知らない人間より賢い。真の知への探求は、まず自分が無知であることを知ることから始まる。」と言ったといいます。いわゆる“無知の知”です。

 私は、そのとき無知でした、しかし今井さんを見て、自分が無知であることを知りました。
偉大な哲学者ソクラテスは、実はアテネの石工でもありました。彼の父も石工であり立派な技術者でした。

 私はソクラテスにはもちろん会ったことがありません。しかし、私はそのとき、石工の今井さんにソクラテスを見ました。今井さんを思い出すとき、私は無知の知、初心を思い出すのです。




【浅賀さんのお話 第4話】
2008/3/27

 今日は私がイギリスを訪れた時のお話です。

 1980年10月22日早朝、私はイギリスロンドン郊外のビショップスホードの村を訪ねました。
 そこは20世紀最大の彫刻家といわれる、芸術家ヘンリー・ムーア氏の私邸です。80才の誕生日を英国王室で行なったほどの人物です。
 世界に知られるムーア氏は、突然の、しかも招待状も持たない異国の青年である私を丁寧なる態度で接してくれました。
氏は早朝よりクレヨンでデッサンをしているところで、手を止めて立ち上がって出て来たのでした。
 英語もほとんど出来ない私の差し出す作品の写真を一つ一つ見て下さり、アドバイスをしてくれました。
 ただただ、申し訳なさと感謝の気持ちでムーア氏の視線のみを一瞬たりとも外すまいと聞きました。
 その光景を私は生涯忘れることは出来ません。氏の大きく厚い手とクレヨンの付いた温かい手に、この恩を生涯忘れまいと、挑戦を誓いました。
 偉大な作家は、やはり偉大な人柄であり、人格者であると改めて知りました。
 26才の時の出会いです。




【浅賀さんのお話 第5話】
2008/4/3

 今日は、農家と石工と地球温暖化のお話です。

 私は、石は地球の血・骨・肉であると考えています。石彫は地球という身体の大切な一部を使わせてもらっているわけです。
 石を叩きながら、ふとふるさとの両親の田んぼでの米作りの姿を思い出します。
学校帰りの水田に立つ親の陰影を確かめると、急いで家に帰り自分の手伝いに向かいます。
 農家の次男の私には家の手伝いは当たり前のことですし、そのことから農業、石彫の深い共通性を体感しました。共に大地という地球の一部を相手にした仕事だということです。
 稔りの秋を迎えるまでには、様々な労仕事があり、一つも欠くことが出来ない、根気のいる仕事です。
 石を彫るにも、全く同じ根気が必要です。一つ一つ順番を外しては形にならない、地道な修練の上に成り立つからです。
 現代は地球温暖化の話題が世界を席巻していますが、そもそもCO2削減の議論の前に地球そのもの、大地に対する感謝の心から始めているのかということを問いかけたいと思います。
 なぜなら、そこに地球温暖化問題解決のヒントがあると思いますし、大地という地球の一部を相手にした仕事をしている農家も石工も名人ほど、この心が深いと私は感じているからです。


 

【浅賀さんのお話 第6話】
2008/4/10

 今日は、シュタイナー教育論のお話です。

 シュタイナー教育論として知られるアドルフシュタイナーこの人の名前は、学校教育に携わる人であれば一度は耳にしていると思います。
 芸術開発教育として、子供にたくさんのインスピレーションを与える工夫をしている建築もたくさんあります。
 そのどれもが手触りなのです。人間の第2の頭脳は両手であり、そこを刺激することによってイメージを最大に広げる効果を研究し、多くの成果を立証しています。
 やわらかいものから硬い物へ創作素材を変えながら進めるこの順番が大切なのです。
 そして最後の硬い素材とは、シュタイナーの場合は硬い鉄であり、これを焼いて叩く、鍛造、ロートアイロンなのです。もちろん子供たちにも挑戦させています。
この茨城の地では石が豊富であり、これを利用し教育効果を上げる事を私は提唱し、独り実践・実行しています。36回以上ボランティアで石彫講座を開催し、その手ごたえを手で触り感じています。



 
【浅賀さんのお話 第7話】
2008/4/27

”人は石の持つ力を解読することによって文明を拓いた”


 人はなぜ石を手にしたか、石を住いとして、石を食として、石の武器として、石を鎮魂の誓いとして、そして石を教育素材として。

 今や建築に欠くことのできないコンクリート、元は石であり石灰岩です。粉末移動によって水による再構成の石造物です。

 その石を日々加工する、建築と彫刻の2つの分野は淵源を共にしています。

 人々が願う大切な構造物として期待を形にする技が、時代を越えた価値です。

 茨城は石産出県であり、他に無い特長を活かすことは制作者だけでなく、施主を含め、地域の人々への文化的奉仕に通じます。

 質疑を通して共々に新しいチャンスにしたいと思います。

 
 


■茨城県建築士会主催
  「第62回建築セミナー」での講演にあたってのコメントより

 
 

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 浅賀さんは、セミナーでの講演で、建築士の皆さんとのやり取りを通して、それぞれの刺激になればと考えているそうです。

日程など詳しいことが分かり次第、こちらでお知らせしたいと思います。

(by石の街の住人)


 

【浅賀さんのお話 第8話】
2008/5/30

 今日の浅賀さんは、2005年に開催された愛・地球博の時のお話です。 

 メインキャラクターの”もりぞう”、”キッコロ”というキャラクターでも覚えている方々もいらっしゃるかもしれませんね。

 “自然の叡智”をテーマとし、121カ国4国際機関が参加した愛・地球博(2005年日本国際博覧会)は、会期中の185日間(2005年3月25日〜9月24日)に2200万人が来場しました。

今日は、そんな2005年に開催された、愛地球博での話題をお届けします!

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愛地球博にて

 1985年ブルガリア共和国の彫刻展覧会に出品したことに始まり、1994年から2005年の間に、茨城県の岩瀬石彫展覧館にブルガリア共和国より6名の彫刻家が来日しました。

 その1ヶ月から1ヶ月半の滞在期間中、私と石彫刻の制作に打ち込み、完成した作品で友好競作展を行うなど、これまでに完成した作品は大小10点に及びます。

 今回万博会場に展示しましたのが、その中の1点で、作家ミラン・アンドレーフ氏の作品であります。

愛地球博にて
▲愛地球博の会場にて、ブルガリアの方々と

 彫刻の石は、古くから石の産地として全国に名高い、茨城県筑波山系で産出される旧岩瀬町(現桜川市)の御影石で、日本三銘石の一つと言われています「青糠目石(あおぬかめいし)」であり、又台座の石は笠間市で産出する「稲田御影石(いなだみかげいし)」であります。来日し、世界中で活躍するブルガリア石彫刻家の方々は、口々に「この御影石は形成が若く、盤を通して瑞々しい素材」と絶賛して刻みました。まさしく茨城産御影石は世界に誇れる石であります。

 この様な地球規模の万博会場に展示できましたことは、ブルガリア共和国の特段の計らいと、名古屋万博協会関係者の皆様方のご尽力、そして茨城県及び岩瀬町の協賛の賜物と心より感謝申し上げます。

 今後とも、益々日本国茨城県、岩瀬町とブルガリア共和国との文化交流が、世界平和の礎に発展することを祈り、私自身さらなる努力を重ねてまいります。


石彫家 浅賀正治

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岩瀬石彫展覧館にて
▲岩瀬石彫展覧館に展示してあります。

それでは、次回更新をお楽しみに!

(by 石の街の住人)

 

 
【浅賀さんのお話 第9話】
2008/6/11

さて、『今日の浅賀さん』をお届けします!

今日は、「技は素材によって磨かれる」というお話です。

 
 

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丁場
▲真壁地区にある丁場(石切り場)
 
 


「技は素材によって磨かれる」


 
 


良い素材のあるところに良い技が生まれる。

僕はそう思っています。

ですから、制作本来のあり方は、その素材が生まれる場所で制作する。

それは素材の原点を常に忘れないようにするためでもあります。

この桜川市を中心にした茨城石産地には石を切り出す技、加工する技、運ぶ技、販売する技、輸出輸入をする技。

石に因む大きな技の集積地です。

これは大切な技であり、素材です。

素材は技を磨くとも同意です。

よき先生はよき生徒とともに学んで、良き教室を作っています。石の地域も同じではないでしょうか。

私の先生である地域の皆様へ御礼の問をしました。

石彫家 浅賀正治
 
 

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それでは、次回『今日の浅賀さん』をお楽しみに!

(by石の街の住人)




【浅賀さんのお話 第10話】
2008/9/3

今日の浅賀さんは、”アーティスト・イン・レジデンス”と日本古来の文化のお話です。

※ アーティスト・イン・レジデンス(Artist-in-residence programs)とは、
 本来のアーティスト・イン・レジデンスの定義は、公的機関が各種の美術・芸術制作を行う人物を一定期間ある土地に招聘し、その土地に滞在しながらの作品制作を行わせる事業のことです。

 
 


岩瀬石彫展覧館にて
▲アーティスト・イン・レジデンスで制作された作品です。
 
 




アーティスト・イン・レジデンス〜日本古来の文化の中で育つ〜


 

 「旅先づくり(たびさきづくり)」日本には古来からこうした制作旅行が数多くありました。
 特に江戸中期以降は盛んになり、町民文化、町屋文化(今から320年前)と共に広く認知されています。
実例を挙げてみます。

 葛飾北斎、円空、木喰、松尾芭蕉、宮本武蔵、等々沢山の芸術劇作家が挙げられます。
 これらの作家は旅先で招かれた主人の茶会や句会、またはお披露目の席で一流の芸術を披露しました。

 また、その他の題材や素材を生かしての作品を何日もかけて作りました。
 こうした作品の数々は後に国宝級の作品となり、地元の重要文化財になっています。
 ここで取り上げた一例からもわかっていただけるように、アーティスト・イン・レジデンスは、日本古来の主人が客人を招くもてなす心で、制作を共に楽しんだ文化と同じ精神の根を元にしていると私は感じています。

 アーティスト・イン・レジデンスは、現代日本で新たな発展の時期を得ていると思います。
 長いカタカナ言葉に見知らぬ外国文化を感じてしまう人々も多いのですが、私達は自信をもって客人を招くもてなしの心を、日本の大切な文化として広く伝えていきたいのです。
 この江戸中期からのレジデンス文化は、地方文化の中枢を成した旦那衆の文化でもあります。
 現代日本のレジデンスの潮流には、公立の人知と施設を使ってのレジデンスと、民意民間人の発意によって出発した形式の2つがあります。
 現代日本のレジデンスである前者の制度のレジデンスの発展には、その地方に住むよき旦那衆、サポーターの醸成が必要です。
 この轍には歴史の証明があります。ここを外すことは、公的支援のアキレス腱になります。
 次に、後者は未だ日本では例は極めて少ないのですが、巻頭の江戸中期に発達した”旅先づくり”の、日本古来の芸術家を育てる気風が現代日本にも更に生きると確信ししたいのです。
 願わくばこの一文を読まれた日本や外国の方々に良き旦那衆、サポーターへの参画を希望して止みません。

 日本文化の土壌には、新しアーティスト・イン・レジデンスの可能性があります。
 世界に冠たる日本美術には良き村社会風土、人と人の情としての関わりなど、旅先での人情や温情に多くの名作を作った外国人作家もたくさん挙げることができます。
 日本製「旅先づくり」のレジデンスの発展は地球の人的環境にも良き広がりとなることを確信します。

2008年3月

岩瀬石彫展覧館アーティスト・イン・レジデンス
石彫千年の交感
浅賀正治

 
  


ちなみに、アーティスト・イン・レジデンスは、
AIR JAPAN
で紹介されています。

(by石の街の住人)








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