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正月と年男



 年中行事の最初にあたる正月祭りは、「正月様」という祖先の霊神を迎えるという意味をもっています。
 そして、この祭りを司る人を「年男」と呼び、家の主人がなるのが普通ですが、長男につとめさせる家もあります。

 年男の仕事は、年の暮れから始まり、門松、注連縄(しめなわ)づくり、煤(すす)払い、神棚飾りと忙しい日課があります。
 元旦になると、一番先に起き若水(わかみず)(新年の水)を汲んで、米、塩、酒などの海の幸、山の幸と一緒に神棚に供え、一年間の無病息災、五穀豊穣(ごこくほうじょう)、家内安全を祈願します。そのとき、大小二重ねの餅、みかんを合わせて、仏壇、床の間、納屋、便所、農具など日常生活に大切な役割を果たしている所に供えます。

 正月三日間、正月様への供物の上げ下げ、朝の食事づくり、お膳の洗いなどはもちろん年男の仕事です。朝の正月様への供物は、家々によって異なりますが、うどん、焼き餅、雑煮など色々なしきたりがあります。この三日間は、主婦は年男にまかせ、手を出さずに、おお威張りでしばしの安息日となります。

 現在、年男というと節分のとき、神社や寺などに頼まれて「福は内、鬼は外」と唱えながら豆をまく人だと思っている人が多いようです。
 寺社が有名人やタレントを頼むことになって、「年男」は人気は出てきましたが、それは正月行事の司祭者としての年男ではなく、節分の豆まきをする役目の年男とごちゃまぜになっています。
 それどころか、家族の中でも正月様を祀る年男が高齢化したり、行事簡素化の波に押され、よき伝統文化を忘れ去られようとしていることは残念なことです。


 私たちの遠い祖先は、正月の満月の夜を一年の始まりとしていました。それが後に、中国から入ってきた暦法の影響を受け、正月元旦を一年の始まりとし、その祝祭の風習が都に起こり、それが次第に地方へ伝わってきました。

 明治5年(1872年)11月15日から新暦(太陽暦)が採用されると、新暦による正月祭りが年を中心に広まりました。
 しかし、農村では従来からの旧暦(太陰暦)が農耕作業に深くかかわっていたため、正月行事も旧暦で行っていました。この地方でも、新の正月と旧の正月と、2回正月をすることもありましたが、現在では新暦に統一されています。

 この正月祭り別名「正月様」も現在は家庭内の行事となり、古来のしきたりは蔭が薄くなりました。門松を立てる家も少なくなりましたが、村の鎮守初詣りは今も続いており、鎮守の森ににぎわいを呈しています。
 それぞれの正月風情を、村の古老に尋ねましたのでご紹介します。


文:舘野義久(大和村教育委員)

取材協力
飯島武夫さん(鷲宿)
岡村準一さん(鷲宿)
プリンタ出力用画面


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